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桜島噴火レベル4から5になるおそれ 桜島大噴火の歴史と今後は?

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桜島の噴火警戒レベルが4に引き上げられた昨日。

 

噴火警戒レベル4というと、避難準備を求めるレベルで島民の方々は避難を始めています。

 

急にいきなり火山が噴火するのも大変ですが、事前に噴火の危険を知らせられるのも辛いところです。住民の方々もスヤスヤと眠れない日々が続きますね。

 

噴火が切迫してきた桜島ですが、その噴火の規模などや被害の予想、飛行機への影響などは気になるところです。

 

 

その内容は、

 

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桜島噴火の歴史

桜島は日本の活火山の中でもとりわけ噴火が多い火山という認識の方は多いのではないでしょうか。

 

昭和に入ってからは、大規模な噴火はないものの火山灰の噴出を繰り返す噴火活動があり、今日に及んでも活動が続いています。

 

やはり心配なのが大噴火。桜島の大噴火は誕生以来17回もあったといわれています。

 

昭和に入ってからは1946年(昭和21年)にあった噴火は溶岩を流すに至ったのですが、爆発的な噴火を伴わなかったため、17回の大噴火には数えられていません。

 

今から一番直近の大噴火といえば大正(1914年)の大噴火です。

 

桜島大正(1914年)の大噴火

大正(1914年)の大噴火は今のように噴火の予知が進んでいない時代でした。大噴火は人々の予想もできなく突然やってきます。

 

1914年1月12日の午前10時5分に桜島南岳が噴火をはじめ、1時間もしないうちに鹿児島市内にも噴火による火山灰が降り始めました。

 

その後噴火は連続し、さらに規模が大きくなり11時半ごろには岩石が噴出し始めるという状態になりました。

 

火山の活動は地震も発生させ、激しい地震が発生し鹿児島市内では多くの家屋が倒壊する被害が相次ぎました。当時の震度は鹿児島市が震度6と地震としても大変大きな地震でした。

 

この大噴火は数日間におよび、2月の中旬ごろになってようやく沈静化の方向へと向かいました。

 

この噴火で流出した溶岩は、離れ島だった桜島を陸続きへと変貌させました。桜島と大隅半島の間は幅400m、深さ70mの海峡があったわけですが、その海峡を恐ろしことに溶岩が埋め尽くしたわけです。

 

犠牲者は、死者35人、行方不明が23人。

 

噴煙は上空8,000Kmに達し,遠くカムチャッカ半島にまで火山灰を降らせたという記録が残っています。

 

 

大正以前の大噴火

有史になっての大噴火は、天平宝字(764年)、文明(1471年)、安永(1779年)があります。

その後大正1914年ですから、各大噴火とはかなりの期間が開いていますね。

 

天平宝字と文明の大噴火では約700年。文明の大噴火と安永の大噴火では約300年。

安永の大噴火と大正の大噴火では135年。

 

その周期が次第に短くなっているのはすごく不気味ですね。

 

1779年に起こった安永大噴火は死者150人以上といわれます。安永大噴火は地上だけでなく海底でも噴火が起こりました。海底より流出した溶岩が海上へ姿を現したのが、現在の硫黄島などの安永諸島。

当時は9島発生したのが、浸食などを繰り返し現在は4島になっている。

 

天平宝字と文明の大噴火ははるか昔のため記録の不備ではっきりしないことが多いです。

 

大噴火の歴史は繰り返す

1914年の大正の桜島の大噴火からすでに100年を過ぎています。周期的にはいつ起きてもおかしくない桜島の大噴火。

今回噴火警戒レベルが4に引き上げられ専門家の意見がクローズアップされています。

 

その一つが京都大学防災研究所の井口正人教授のコメント

headlines.yahoo.co.jp

 

井口正人教授は、

「地震活動などの状況は、1980年代以降の南岳の爆発活動期を含めて、今までにない状況だ」と指摘。その上で「今後想定される噴火の規模は、通常起こっている噴火よりもさらに大きなものになる可能性がある。今すぐに噴火してもおかしくない」

出典 Yahoo!ニュース

 と述べています。

 

次第にその大噴火の可能性が増す桜島。今回はその大噴火の歴史を振り返りました。次回は大噴火が起こった場合の被害について考えてみたいと思います。

 

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